トップ 移住者インタビュー 石川県最北端の町で、これまで根付いてきたもの守る

2016.04.29
能美市

石川県最北端の町で、これまで根付いてきたもの守る

珠洲市狼煙町という町

石川県珠洲市狼煙町(のろし)。
この町の名前の由来には諸説ありますが、この地域の灯台で狼煙をあげていたことが一番の由来だといわれています。昔、北前船を難破させないように狼煙をあげて合図を送っていたそうです。沖合の海域が難所で、一歩間違えれば佐渡島に流されてしまうため、狼煙町の灯台を最後の合図としていたとのこと。まさに石川県の最北端の町で、いわば「さいはての地」です。

人生で1度は行ってみたい「ランプの宿」に近く、映画「さいはてにて」の撮影などで話題がある場所に位置する狼煙町。だけど、一歩足を踏み入れると“何もない”。映画のタイトル通りの「さいはて」。だけど、“何もない”という人もいれば、この地を玉手箱のようにいろいろなお宝がたくさんあるという人もいます。山・川・海・里山。自然と共存するからこそ、生まれる素晴らしいストーリーもたくさんあるのです。

大浜大豆にかけた想い

狼煙町は、狼煙集落60軒と横山集落25軒の2つの集落が存在しています。二三味さんは、横山集落で昭和34年から続く専業農家「二三味農産」。「二三味」という変わった苗字は、珠洲で2軒、全国でも5軒くらいしかいないといわれています。また、能登で有名な二三味珈琲は娘さんで、農業とは違った形で能登を盛り上げるために奮闘されています。

能登

自然と共存するというストーリーは、二三味さんがかつて集落で立ち上げた横山振興会からはじまります。元気がなかったこの地のために、何かできないかと集落でつくった振興会。だけど、2年間何も活動せずに月日だけが経ちました。そんなとき、ふとしたことから昔ながらの豆腐や納豆を作ってみてはと、大豆の栽培が始まります。しかしある年、長引く雨と低温が原因で大豆が全く採れない年がありました。今年の豆腐作りは諦めよう…。そう思った矢先、「この大豆を使ってくれ」と手渡された、ひとつの大豆と出会ったのです。普通の大豆とは違い大粒で豆にヘソ(目)がある大豆。その大豆こそがこの地で昔から伝わる大豆“大浜大豆”だったのです。

能登農業

面白いと感じた二三味さんは次の年、その大豆を実際に畑に蒔きました。すると、2割の紫の花と8割の白色の花が咲いたのでした。普通大豆は紫の花を咲かせるのが一般的。いったい紫と白どっちの花が大浜大豆か? みんなに尋ねたり調べたりしましたが、誰も分かりません。頭を抱えた二三味さんでしたが、集落の100歳を超えるおばあちゃんが「この地の大豆の花は、こどもの頃は白かった」という一言で白い花の大豆だけを残そうと決意し、大浜大豆は見事に復活!!大浜大豆復活を機に、大浜大豆の納豆を販売。納豆はわらを使った振興会の手作り。ファンも多く、珠洲市のイベントでは1000本が午前中で完売するそうです。

その他にも大豆は、豆腐、味噌や醤油、きな粉、すはま(きな粉でつくった練り菓子)とかたちを変え、地域活性の後押しをしています。豆腐は、なんと京都の著名な豆腐屋さんの折り紙付きです。また息子さん夫婦も県の6次産業化事業で、地域のお菓子やさんと協力して、贈答用の「能登すはま」を開発。チョコトリュフのような見た目で、若い層や女性をターゲットとし、イベントで試験的に販売するなど、さらなる魅力を模索しています。

地域の人とともに能登を毎日満喫する

大浜大豆復活をきっかけに、在来種を守る動きも活発化。この地には大豆以外にも、昔そばやからし菜などの在来種があり、それらの種も受け継いでいこうという想いは、地域全体に広がったといいます。二三味さんも昔、生産が盛んだった「たばこ栽培」を辞めたときに、この在来種にちょうど出会えたことを、なにかの縁だと感じ、地域の宝を守る活動を先頭に立って後押ししています。

珠洲市で就農

そしてこの地にご縁ともいうべき男性が、横山集落へ6年前に移住してきた「がっとぽんぽこ」の小林貴顕さん。生まれは石川県野々市市で、その後関東で仕事をし、移住したJターン。奥様とともに、自然栽培農家としてこの地で頑張っています。移住してきたのは、「何でもある」この環境と、どうせ移住するなら石川の最北端へということでこの地へ。小林さんには、横山集落の山・川・海・里山がありすぎて困るくらいの宝物だそうです。横山集落では若手の農家さん。若者ながら、彼はすごく物知りで、昔から住んでいるのでは?というくらい地元のことをよく知っていて、二三味さんの知らないことは彼が全て答えてくれました。

2人の息はぴったりで、地域のムードメーカーといった印象を受けました。
その2人とともに、2年前に金沢市よりUターンしてきた息子さんの頼行(ともゆき)さんの息もぴったり。頼行さんも奥様とともに、今後水田を中心に農業を支えていくと伺いました。また、ご夫婦ともに、デザインの仕事をしていたとのことで、デザインの力で農業を盛り上げるなんてことも近いかもしれません。「能登すはま」のパッケージも2人で協力して完成!おしゃれなパッケージです。

珠洲市二三味さん

最後に一言ぽつり。毎日仕事なようで、毎日休みなんだわ。
笑いながら話されましたが、そう話す彼らは「くらし」を味わい尽くしているように見えました。
ただ…みんなで協力して、守るべきものは守り、豊かに暮らす。人間が大事にすべき真髄を目の当たりにしたように感じました。