100年続く宮本農産の挑戦〜つなぐ農業〜
「おいしい!」と言ってもらえた喜びが原動力に
石川県小松市で、米とイ草の生産・販売を行う「宮本農産」5代目の宮本健一さん。家業を継ぐことを決意したのは、「自分の手で一から育てたお米を、おいしい!と言って食べてもらえたら、どんなにうれしい気持ちになるんだろう?」。そんな思いからでした。
以前、宮本さんは神戸のホテルのフロントで、夜勤担当として勤務。不規則な生活でぜんそくになり、体力的にはとても厳しい毎日だったと言います。それでも、「常にお客様の立場に立って自ら考えて行動する」というホテルの社風は、宮本さんに合っていて、充実した毎日を送っていました。
そんな宮本さんに転機が訪れたのは、ホテルマンとして働いていた3年目の夏のこと。稲刈りの手伝いのために実家に帰省。収穫した米をお土産として、ホテルで働く仲間へプレゼントしました。「とてもおいしい!」想像以上に喜んでもらえ、これまでにないうれしさを感じました。そのとき、刈り取りしかしていないのに、こんなにもうれしい気持ちになるなんて、一から米作りに携わったら、どんなにうれしい気持ちになるのだろう。想像するだけでワクワクしている、自分がいました。
そして、それから半年後の2013年4月、3年間のホテル勤務を辞め、実家へ戻り「米とイ草の農家」としての生活がスタートしました。
つなぐの理念を胸に日々奮闘中
宮本農産は健一さんで5代目にあたり、100年余りの歴史を誇ります。イ草栽培は通常、温暖な地域で行われ、石川県は北限。降雪のある石川県での栽培では冬に雪を被ります。しかし、それが通常のイ草よりもとても強いものにさせ、丈夫な畳表になります。石川県でイ草を生産しているのは、宮本さんのところだけ。「正直、イ草を作る農家がうちしかないので、途絶えさせるわけにはいけないというプレッシャーもあります」と宮本さん。周りには、栽培のことで容易に相談できる人がいず悪戦苦闘することも。
そんな時、ホテル時代に培ったコミュニケーション力や、持ち前のポジティブな行動力が発揮します。イ草生産が盛んな熊本県の農家の方へ、相談をしたこともありました。新規就農者の相談に乗ってくれる、石川県農業人材支援機構などにもお世話になりました。「農業青年の集まりが定期的にあり、手厚いフォローがあります。初めての方でも安心して就農ができますよ」と宮本さんは言います。そして、数々の窓口を叩くことで、いろいろな農家さんとつながることができました。
一方、米の方は、コシヒカリ・ミルキークイーン・あきたこまち・ゆめみずほ・古代米などを栽培し、現在は無農薬栽培に力を入れています。徐々に農薬を減らすなど試行錯誤し、4年目にしてようやく無農薬栽培にこぎつけました。
イ草と米作りでつながっていくものは?
イ草も米にも、「つなぐ」という共通理念を持っている宮本さん。小松イ草は、広めることはもちろん、継承していくことが大事だと考えています。イ草を刈る体験会や展示会への出店など、積極的に活動を行っています。また、「小松イ草拡大プロジェクト」と称して、イ草農家・畳屋・家具工房・デザイナーが月に一度集まり、どうやって小松イ草をPRしていくかを話し合っています。
「栽培に関する知識を学ぶことももちろん大事ですが、積極的に周りに働きかけることも重要だと思います」印象的な宮本さんの言葉でした。米は、食料自給率の向上に一役買いたいという思いのほか、安心で安全な米を消費者につないでいきたいと考えています。イ草と米の栽培の日々には、育てたものの成長が見られ、おいしいものを消費者に届けられる喜びがあります。そして、そのリズムの良い生活ときれいな自然の中での暮らしは、ぜんそく気味の宮本さんを健康な体に変えてくれました。意外な副産物にもつながったのですね。
宮本さんに小松市の良さを聞くと、「自然があって、ちょっと行けば街があること。そして田んぼは子どもの遊び場となり、子育てがしやすく、とても穏やかな人が多いこと」そんな答えが返ってきました。
周囲の人と手を取り合い、毎日生き生きと働き、健康的な日々を送る宮本さん。自然豊かな場所で仕事や子育てができる環境が、とてもうらやましいと感じました。