ILAC

Uターンで掴んだ家族と過ごす日常

仕事に打ち込んでいた東京での生活


IT企業のSEとして東京で多忙な毎日を送っていた北島さん。結婚後4人の子どもに恵まれ、生まれ育った金沢に2年前Uターンすることを決意しました。

「東京の大学で電子情報学科を専攻していたので、そのまま都内のIT企業でシステムエンジニアとして携帯電話のソフトウェア開発をしていました。私は長男だったので、いつかは金沢に帰るのかなという思いはありましたが、20代の頃はそんな将来像が想像できなくて、Uターンについては全く考えていませんでしたね。31歳の時に海外関係の仕事をしていた妻と知り合って結婚し、その時に私の両親が『いつかは金沢に帰ってきてほしい』と私たちに本音を言っていた時も、仕事を優先に考えていたのでまだ遠い未来の話だと思っていました。」


多忙な仕事と子育ての両立の難しさが決断させたUターン


結婚して仕事もバリバリこなし、順風満帆に東京での生活を送っていた北島さんですが、Uターンを考え出したのは何がきっかけだったのでしょうか。

「子どもが増えてきたことが一番大きな理由ですね。気づいたら4人になっていたというか(笑)。妻の実家も遠く、共働きだったので子供が熱を出したりして『今日はどっちが休める?』と相談しながらの生活は正直大変でした。実はIT業界はスマートなイメージとはほど遠くて、徹夜も多くて体力仕事なんです。若いうちは大丈夫ですが、40代50代になってする仕事ではないなと思い始めてました。その頃私は40歳。仕事を変えるタイミングとしては今かなと思っていた頃、翌年に長女が小学生になるため、転校はさせたくないなと考えて金沢に引っ越す決断をしました。」


迷わずについてきてくれた家族に感謝


自分の中でずっとモヤモヤしていた気持ちを伝えた時の家族の反応はどうだったのでしょうか。

「妻もなんとなく私が金沢に帰ると言い出すのではないかと思っていたみたいで、時々『どうするの?』と聞いていましたね。話し合いを重ねていくうちに今の生活スタイルを見直す機会かもしれないと話が進み、長女が小学校に入学する2016年の4月に金沢に戻ることを決めました。ただ、転職活動のタイミングが難しくてだいぶ苦戦していました。住むところは実家に決まっていたので問題はなかったのですが、妻は私の転職が一番不安だったみたいです。でも、友達もいない見知らぬ土地に住むことへの不安は一度も口に出さなかったのは今でも感謝しています。」

移住予定の半年前から東京で転職活動を始めていた北島さんは、あるとき大手保険会社の北陸営業所オープンに伴う求人情報を見つけました。

「転職のために金沢へ行く時間もとれないし、東京にいながら金沢の情報を探すことがとにかく大変でした。、今はILACさんなど自治体のサービスが充実していてうらやましいですね。私は40歳になった自分がすでに出来上がっている組織に入って働くことが正直不安だったので、営業所のオープンとして一から作る組織なら、社員全員も一からなので馴染みやすいのではと思ったのも決め手の一つでした。前職の業種とは全く違う分野でしたが、なんとかなるかなと思い、あまり深く考えていませんでしたね。ただ、頑張ればちゃんと結果として出る完全実力の保険業界はとてもやりがいがあると思っていました。北陸営業所はオープン前だったので、事前の研修やミーティングが東京で完結したこともすごく助かりました。」

すべてのタイミングが良く、移住を決断してから準備のために金沢へ行ったことは一度もなかったというから驚きです。

地元金沢で新しいスタートを切る


実際に移住して、仕事や生活において東京との違いは感じているのでしょうか。

「高校を卒業して、田舎だと思っていた金沢を出て東京へ行ったわけですが、金沢も22年経ってずいぶん変わったなと思いました。昔住んでいた場所という実感はなくてとても新鮮に感じたのを覚えています。子育てに関しても両親に助けてもらっているので、子供たちも学校や保育園から帰ってもすぐに家には入らずに、同じ敷地内にある実家に行くほどです。」

ご夫婦ともに金沢に住んで感じたのは「意外と田舎ではない」という印象だそう。特に奥さんは東京に比べると生活で不便なことが多いのではないかと思っていたようですが、休日のイベントも多く、商業施設や公園、海や山などの自然がたくさんあるので、金沢ならではの楽しみ方を満喫しているそうです。東京での生活では、平日に子供と一緒に夕食やお風呂に入ることがなかったくらい忙しい日々を送っていた北島さん。現在は金沢で家族と過ごす毎日を楽しんでいます。

「東京にいた頃に比べると家族との時間は確実に増えました。これからは財務コンサルタント及びファイナンシャルプランナーとして独立するので、もっと家族との時間を大切にできるような働き方をしたいと思っています。もし東京で今の仕事を選んだとしても、同じような働き方ができたかと言われるとイメージがつきませんね。金沢のほど良いのんびり感が、今の考え方や働き方にさせているのかもしれません。また、私がUターンを考えた理由に地方創生があります。他にも色々な資格をとり、地元金沢の人と企業にとって本当に役に立つ提案をしていきたいと思っています。」

北島さんが金沢に戻ってきて2年、ようやく故郷に貢献できるような働き方の基盤ができたようです。理想の働きを方を選び家族との大切な時間を過ごせるようになったのも、Uターンという大きな決断をしたからでしょう。彼は今まさに金沢で新たな人生のスタートラインに立っています。
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